中島キ−43隼 中島キ−431式戦闘機隼は、1942−1945年にかけて5919機が生産されて使用された 日本陸軍の戦闘機で、設計は中島航空機の技師で、後年ロケットの研究で有名となる糸川英夫氏が 中心となり、小さな旋回半径を可能とする蝶型フラップを装備していた。 最初の型のキ−43−1型は、軽い機体の故に上昇力は抜群で、最大速度は495Kmを出し、戦 争初期には カーチスP40,バッファロー ハリケーンに対して優越を維持したが、弱武装、貧 弱な防弾装備、不完全な自動防漏タンクを装備した本機は、強馬力、強武装のP−47,P−38, P−51,F4U,F6F、スピットファイア等の連合軍機に対しては、性能のみならず経験の少 ないパイロットが多かった戦争末期では対抗できなかった。 諸元一般 乗員 1名 全長 8.92m 全幅 10.84m エンジン 中島 ハ−115 空冷星型 1130馬力 性能 最大速度 530Km 航続距離 1.610Km 武装 12.7mm機銃 × 2 または 12.7mm機銃×1 および 7.7mm×1 |
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