ライアン・FR−1


  ライアンFR−1
ライアンFR−1はプロペラとジェットの混合動力機で、第二次大戦中に、初期のジェットエンジ
ンの母艦からの離着陸時の加速不良を解決するという海軍からの要求を盛り込んで、ライアン社に
よって設計された。
初飛行は1944年6月25日に行われ、終戦前に就役したが、戦闘に参加する機会はなかったが、
アメリカ海軍最初のジェット推進航空機となった。
本機の設計は1943年に開始され,ライアン社の設計者ベンジャミン・タイラー・サーモンの海
軍からの要求に対する解決方法は、従来のピストンエンジン機の特性を持ちながら、ジェットによ
る高速を出すものだった。
最初の試作機は1944年の6月25日に飛行したが、主翼のリベットの強度が不十分等の原因で
同年の10月にチャイナレークで墜落した。 
その後700機の発注がなされたが、日本の降伏以前に66機が引き渡され、VF−66は戦争終
結前に受け取ったが、交戦することはなかった。
1945年の11月に,ピストンエンジンの故障により、ジェットエンジンのみで護衛空母ウエーキ
アイランドに着艦し、ジェットエンジンで着艦した最初の航空機となった。
ライアンFR−1は、急速な技術の進歩と、当面緊急の必要性もないため、海軍は次のより高性能
な機体を待つこととなり、1947年には引退し、総生産数は66機だった。 
ライアンFR−1の開発型は1500馬力のライトR−1820−3を使用したXFR−2があり、
最速の開発型はXFR−4でウエスティングハウスJ−34を使用し、ライアンFR−1よりも1
61Kmはやかった。
その後ターボプロップ装備のXF2R−1ダークシャークへと開発は進んだが、不採用となった。
         諸元一般    
            乗員   1名 
            全長   12.19m  
            全幅   12.19m
            全備重量 4.806Kg
            エンジン ジェネラルエレクトリック 
                 J31ターボジェット 推力700Kg
                             ライトR-1820 サイクロン 1350馬力
            性能   最大速度     686Km
                 航続距離     2.100Km
            武装   M2ブローニング機銃 × 4
                 454Kg爆弾 × 2
                 5インチ ロケット × 8

      
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