F6Fヘルキャット
F6Fヘルキャットはグラマン社の前作F4Fの交代として開発された艦上戦闘機でF4U
コルセアと並んで1942年−1945年の間に第二次大戦の代表的な海軍の戦闘機となった。
グラマン社は日本の真珠湾攻撃の以前からF4Fの代替機の研究をしており、当初はライト
R2600、1700馬力が装備予定だったが、日本の零戦との戦闘経験を取り入れ、より強力
な2000馬力のプラットアンドホイットニー"ワスプ"R2800を装備することとなり、
このエンジンを装備したF6F−3は1942年7月30日に初飛行した。
F6Fヘルキャットの標準武装は6基の12.7mm機銃と、後にハードポイントが付加され、
900Kgまでの爆弾と6基の5インチロケット弾が装備出来た。
次の型F6F−5はより強力な2100馬力のプラットアンドホイットニー"ワスプ"R2800
−10Wを装備した。
F6Fヘルキャットは最初に1943年9月1日に戦闘に参加した。
イギリス海軍も1263機のF6Fヘルキャットを受領し、アメリカ海軍ほどの空対空戦闘は
無かったが、イギリス海軍の空母に搭載されたF6Fヘルキャットは1944年の5月から
1945年の7月までの間に52機の敵機を撃墜した。F6Fヘルキャットの総生産機数は
12、275機に達した。
一般諸元
乗員 1名
全長 10.24m
全幅 13.06m
最大離陸重量 6.990Kg
エンジン プラットアンドホイットニー R2800−10W
ダブルワスプ 空冷星型 2000馬力
性能
最大速度 610Km
航続距離 1520Km
武装 12.7mm 機銃 × 6
5インチロケット × 6
爆弾 907Kg
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